9月30日は、International Translation Day として、各国で翻訳・通訳向けのイベントが行われた日でした。

ここBC州のバンクーバーでは、翻訳・通訳のプロの集団、Society of Translators and Interpreters of British Columbia (STIBC)の30周年記念イベントが行われた。

私たちが参加したのは、夕方のイベント。

午後のイベントには、現地の Global TV のキャスター、Mike MCCardell 氏書いた本の一冊から、彼がその中のストリーを読み、各言語に翻訳されたものを国ごとに読み上げた。 マイク氏は、”Everybody has a story” というフレーズを使うことで有名。大切なことをテレビを通して視聴者に伝えている、心あるキャスターとして知られている。

他には、旧バンクーバー市長のSam Sullivan氏が Greeting Fluency プロジェクトに関する紹介をするなど、ゲストとして参加していた。

Sam Sullivan氏は、数年前のトリノオリンピックでバンクーバー代表として、5輪旗を受けとった市長でもある。

彼は、19歳のときにスキーをしていて首の骨を折り、以来手足の自由が利かない。閉会式前の24日、AP通信とのインタビューで自身の障害についてこう語っている。

“Becoming a quadriplegic was really, really difficult. It took me seven years of depression and difficulties. Eventually I came through and decided I was going to focus on making my life better, and the lives of others.”

(四肢まひになったのは本当につらかった。7年間、うつ状態と苦悩が続きました。最終的には切り抜け、自分の人生をどう良くしていくかに集中しようと決めたのです。自分の人生とほかの人々の人生を)

“Some people consider disability as a tragedy. I look at is as a career move.”

(人によっては障害を悲劇だと考える人もいる。私はそれをキャリアアップととらえています) 参考はこちら

彼の、事故によるハンディを受け入れ、自己の最善を尽くして生きようとする ”前向きな姿勢” と、純粋な ”文化に対する理解の心” を持っている彼には、心を惹かれるものがある。

Greeting Fluency プロジェクトとは、簡単な外国語のフレーズを学んで、国際交流のきっかけにすること。移民の国カナダでは、お隣は別の国から移住してきた人というのも、そんなに珍しくはない。 サム氏は日本語もかなり上手だった。いい意味で驚き。この人なら、人の痛みが分かるから、きっと非営利な素晴らしいプロジェクトをこの先もリードしていってくれるのだと感じた。

『翻訳も通訳』も、同じ言葉では理解し合うことができない人たちを結ぶ、架け橋の役、相手のメッセージを正しく伝える、とても大切な仕事。相手を理解しようとする心がなかったら出来ない職業だと思う。 重要な書類の翻訳や、裁判の通訳などは、やはりプロにお任せしたい。

カナダ、またはBC州で翻訳・通訳のプロを探したいのなら、まず、STIBCに問い合わせるのが一番だろう。

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昨日、愛知勤労会館で開催された、JIBE#4、国際ビジネス交流会。

名古屋PR特派員のかよさんが作ったビデオによる、イベントはこんな様子。

夜遅く編集して、JIBEのビデオ作ってくれていたなんて、、、。ほ~っつ。大感激!涙うるうる、、、。

あまりの嬉しさに、夫と二人で、今朝はTwitterで大忙し、、、。数時間後、POKENジャパンの社長さん?から夫へ、かよさんのビデオは素晴らしいね!ってコメントをもらったと言っていた。外国人起業家から見ても、魅力的な優れモノビデオだということです。海外デビューまじかですか?

前回のブログでも告知したように、第4回目は初めての日本人ゲストとして、不定期ビジネスニュースの世話人、三ッ口洋一氏をお迎えした。

三ッ口氏は最初に、『通訳をつけて話をしたのは、マイクロソフトへのプレゼン以来ですと』と言ってくださった。そう言えば、他の交流会で通訳がいる環境は?と思って考えてみたが、ほとんど思い出せなかった。考えたこともなかったが、そういう意味では、格式の高い?インターナショナルなイベントなのかもしれない。

残念がら、時間の都合で、話す事なら山ほどあるといってくれた三ッ口氏に、掘り下げたことを聞く時間が十分なかった。そんな限られた短い時間の中でも、いろいろな意味で、参加者に有益な情報を豊富に語ってくれたと思う。パチ!パチ!パチ!

同時に、写真の左側に見えるのが、今回もピンチヒッターで通訳を引き受けてくてた、理央 周(めぐる)さん。今回が2回目にもかかわらず、嫌がることなく、むしろ快く引き受けてくれた周さん。感謝、感謝。

私は、20歳の頃から、将来は独立して自分のビジネスをやっていきたいと思っていたので、その頃から、ビジネス書や会社経営、経済関係の雑誌、または国内と海外、セミナーやイベントに時々参加したり、インタビュー番組を好んで見た。『成功の要因の中で、何が一番大きなきっかけになったと思いますか?』との問いかけに対し、一番多かったのが、『ある人との出会いです』との答えだった。その答えは、国籍を越えていた。

最初の出会いから相手に影響を与え、与えられる環境に人間関係が発展していく場合もあるだろうし、徐々にそうなっていく場合もある。または、何年後かに再度出会ってから、その時に何かが始まった、、、などという場合もあると思う。

私は、出会った人に『偶然』っていうのはないと思っている。必ず、何らかの理由があって、特定の人と意味を持って出会うのだと、、、。

三ッ口氏の不定期ビジネスニュースも、ニュースを配布するところが先頭にあったのではなく、まず、人との出会い。その人間関係の中から、ニュースが生まれた、というか始まったと言っておられた。それは、東京のような、都会では、「ただ、めんどうなことで誰もやりたがらないことらしい」だけど、ここ名古屋という土地柄的には、不定期ビジネスニュースの人間関係をベースにした方法があっているのだと言っていた。

<ここから、少しイベントとは離れるけれど、私が聞いた、学んだ名古屋という土地柄について一言、ふたこと>

最強の名古屋商法 という大好きな本にも書いてあったが、名古屋は人間関係、逢って信頼関係を作っていくことをとても重視している。逆を返せばよそ者は簡単には入れない。ただし、一度信頼関係を築き上げることができれば、簡単に単価が安いとかの理由で競合相手とビジネスをするなどということはないらしい。

j0385338海外では、合理性が一番だし、人事関係も入れ替わりが激しいので、自分がそのポジションでいる間に、成果を短期で見せないといけないので、値段や条件が重視される傾向があり、今まで商売をしていた取引先があったとしても、担当が変わるのは、日常茶飯事で、人間関係をまた一からやり直さなくてはいけないので、そういう面では、名古屋スタイルでビジネスをしたくてもできないという現状もある。
取引先に努力してもらって値段や条件を合わせるような手間をかけてるうちに、競合会社がすごいスピードで差を付けていったりしてします。共存ではなく、弱肉強食の世界なので、弱い会社、動きの鈍い?会社は簡単に取引を奪われてしまう可能性があるのである。

バンクーバーの不動産業界で働いた時も、いろんなことを見た。動くお金が大金がゆえ、変なクライアントにかかわると大変なことになる。自分の利益しか考えてないので、WIN-WINで売り手も買い手も納得した契約を結ぶのではなく、後ろからやってきて、いろんな物件を何回もみたいと要望し、やっと契約という時に、XXエージェントのXX物件の方が自分にとってお得だからと、、、、。さらっとひるがえり、罪悪感の一つもない投資家の人たちもいた。

時間がかかることはロスタイム。初めての取引相手でも値段や条件があれば、条件ベースでビジネスを運営しているほとんどの会社は、取引先を簡単に返ることができるし、それに対して悪いとかいう念は全くない、ドライな関係が通常のケースなのである。新しいマネージャーが来るたびに、一切合財、雇用人まで変えたがる、前任者の匂いがする環境を嫌がるリーダーが極端に多いので、そうやって今まで働いている人が、有能、無能以前の問題で、簡単に解雇されやすい環境になっている。その会社になくてはならない人、その会社でないと取引先のビジネスが回っていかないというような、自分の方が相手よりも強い立場に立つという能力を持ち備えていない人は、出世街道にのることさえ許されない、、、。XXさんとの付き合いがあるから、、、などの理由を主にしていては、ビジネスを続けることはとても困難なところはある。

そんな観点からみると、外国人にとって、名古屋はビジネスするにはかなり厳しい環境、土地には間違いない。トヨタの関連で海外からやってきた外国人上司は、必ずこの問題にぶち当たるらしい。本を読んで理解していても、例え、日本語を話せたとしても、その社風、ビジネスのやり方は始めてみないと分からないので、最初は、名古屋スタイルのビジネスをどうも理解できないらしい。

ここで、頑張っている外国人の起業家やビジネスパーソンをみたら、どうかこのことを思い出してみてほしい。

逆に言えば、『人間味たっぷりの人情感』の名古屋から見ると、何でもスピーディーで顔の見えないオンラインの関係は、確かに安っぽい印象を受けるので、信頼できないって思えてしまうのも仕方がない。= 条件や利益を一番に追及するより、まず逢って話す。または、XXさんの知り合い、、、という紹介をとても大切にするお土地柄。信頼関係を築くためには、時間もおそらくお金も使う。

基本的に早く、安く提供できる海外や、都会と比べるとスピードがついていかない、、、。名古屋で成功すれば、どこでも成功できる。これは、本当にその通りだと思いました。

名古屋で生まれ育った人たちの口からよく耳にしたのは、『』名古屋の人は、形のないものにはお金を出しません。その代り、車や家、結婚式、お葬式』など、目に見えるものにはお金をかけることができると、、、。


さて、ここらからJIBEのイベントへ戻ります。(笑)

POKEN、『次世代のデジタル名刺ガジェット』でハイタッチタイムをしたあとは、いつものシューターズのディナー弁当の時間。今回は自分がポーケンで名刺交換をする、おいしい弁当を楽しくいただくことに夢中になりすぎて、写真をあまりとっていない、、、。食事、ネットワーキングタイムの後は、参加者から参加者への情報提供タイム。自分が主催する、またはプレゼンするセミナーの案内などをして、記念写真を撮って、今回も無事、終わった。

参加回数が多い方ほど、外国人慣れ?をして、毎回、どんどん積極的になっていき、この機会をフルに生かしてくれていっているので、とてもうれしく思います。

それに、東京とは違って、名古屋近郊に住む外国人は、ある程度、簡単な日本語を話せる人が結構多いのです。

外国人だから~とか、日本人だから~とかいう概念をよりも、どちらかというと、『自分の気になる人と、できる言葉で会話する』みたいな感じが、このイベントにはぴったりか?なと思います。

自然体が一番。

ビデオを作った、スマイルダンドリスト、しゃしほこWEBチャンネルの運営者のかよさんもビデオの中で書いていた、英語が話せなくたって、JIBEは全然大丈夫だと、、、。

JIBEの為に、いろいろと骨を追ってくださった方々、スピーカーの三ッ口氏、本当にありがとうございました。

<JIBEのイベント参加者のブログ>

軌道に乗ってきた第4回JIBE!

JIBE # 4 写真

JIBE 名古屋発 ポーケン 国際ビジネス交流会 Japan International Business Exchange

追加
ストロングな繋がりが必要なんです。


今回で3回目を迎える、JIBE (ジャイブ)。

毎回参加者が少しづつ増えているので、以前より広い会場を!というお声がかかり、JIBEのルーツの『大須』から少しだけ離れた?鶴舞駅の近く、勤労会館で開催されました。(初回、2回目も、大須の近くの会場という点に少しこだわっていた私たち。)

当日、会館に着くと、なぜか若い女性で会場があふれていた。
どうやら、コンサートがあるよう?そんな人だかりをかき分けて、JIBEのイベント会場へ。

JIBEのイベントには、毎回、いろんな業界の方が参加してくれていますが、#3のイベントにはじめて参加してくれた方の中には、、、、
★香港に法人会社を持つ、ファッションバッグ等を扱う会社の女性社長
★アメリカ本場からのミュージシャンが所属している音楽事務所の女性社長
★ジャズ、R&B、ゴスペルまでなんでもこなせる、倉木麻衣さんの全国ツアーのドラマー
フィリピン出身の英語も日本語も流暢で、超爽やかな笑顔のマルチリンガルな営業社員
海外に目を向けている不動産売買、投資会社の社長
グローバルマーケットにターゲットを絞り、Green Teaを販売されている会社の社長さんなど、、、、

全て方は紹介しきれませんが、いろんな業界の方々に参加していただきました。


そんな中、ちょっとしたハプニングが、、、

実は、今回お願いしてあった通訳の方に急用ができてしまい、開始時刻になっても姿が見えずに、、、私は途方に暮れ、血の気がザーッと引いていたそんな中、急遽、天使のように助け舟を出してくれたのが、理央周(めぐる)さん。

JIBE#3のイベントのプロモーションをしてくれただけなく、それも、、、こちらが頼む前に、自ら通訳の役を引き受けてくれると言ってくれて、、、本当に助かりました。めぐるさんは、司会の通訳をしてくれただけでなく、そのままプレゼンテーションの間もずっと通訳をしてくれました。その上、セミナーの内容が、彼の専門知識のある分野だったため、日本語の部分の方が充実してたかもしれないと思えるくらい、かなり丁寧に分かりやすく説明してくました。

j0434890そして、今回のディスカッションタイムの時間。
その中で私が印象的だと思ったのは、外国人起業家サイドから出た質問とそれに対する応答のやり取りでした。『欧米では、ソーシャルネットワーク、ブログなど、実名、写真付きで登録したりするのが常識という事実に対し、日本ではアバターやキャラクターのアイコンとかを自分の写真の代わりに載せるのはなぜなのか?』という質問でした。

それに対し、日本人側の返答として、『真剣な顔をして、周りの人に人相が悪いと言われてるから、、、、』 (会場が大爆笑になる)又は、プライベートな交流などを『会社の人に知られたくない、、、』 とういようなものでした。

確かに、欧米では、正社員で会社勤めをしながらプライベートな時間に副業やビジネスをしている人に対し、仕事に支障がない限り、周りの人はあまり気にしない場合が多いと思う。それが日本の場合、週末起業家などに対して、欧米ほどオープンに受け入れられている、、、わけでもないらしいい、、。

そして、ディナータイム。今回のディナー弁当も、けっこう美味しかった。Shooters-JIBE3
前回よりも少なめ?な気がしたが、、、(胃が欧米サイズ化している私)
見た目は、こんな感じ?で、モッツアレラチーズ、イタリアンハム、マッシュルームがたっぷり入ったピザパン。
フィードバックでも、”おいしかった”とのコメントが多かった。

できれば、参加者一人ひとりの方と、ゆっくりと話しをしたかったのですが、、、あっという間に時間が過ぎてしまい、JIBE#3もまたたくまに、幕を閉じました。

次のイベントには、一体どんな参加者の方々が、、、、?

あぁ、今からワクワクしていたりして、、、。

<関連ブログ>

外国人起業家と日本人起業家の交流イベント、JIBE #2 無事に大成功。

イタリア系のオシャレな外国人起業家&お茶目な日本人起業家がまた、やります!

名古屋発、JIBE(ジャパン・インターナショナル・ビジネス・エスクチェンジ)キックオフパーティ

20090717_2_JIBE_no02写真-001大須の近くで開催された、第二回目となる、7月19日、ジャパン・インターナショナル・ビジネス・エクスチェンジ(JIBE)のイベントでは、オーストリア出身の起業家のユタさんを迎えて行われました。

一回目の6月19日以来、参加者のなかから、3つのコラボレーションが生まれました。拍手っつ!!!

セミナー後のディスカッションの時間も、結構盛り上がりましたが、残念なことに、ちょっと時間切れで、短く終わらなければならなかったことがつらかったですね。

20090717_2_JIBE_no02写真-039

そして、今回のイベントには、なぜか男性の比率が高く、、、POKENした時も、キャーっていう声が聞こえる代わりに、ちょっと違う音がしたような気がしました?(笑)

楽しいポーケンタイムが終わったあと、食事の時間が始まりました。

20090717_2_JIBE_no02写真-078今回は、前回のオードブルは、キックオフのイベントにふさわしく、見た目には、とても素敵っだったけれど、仕事から直行して、お腹を空かして参加してくれている男性軍には、いまいち量的な問題があったようなので、もっとボリュームが欲しかったというフィードバックをいただきました。それを反映すべく、今回はかなり、ボリュームのある?ディナー弁当を用意しました。

食べ応えのあるチキンと、味付けが抜群によかったライスとサラダが、かなり大好評でした。20090717_2_JIBE_no02写真-082

そして、食事のあとは、トークタイム。

今回は、これも前回のフィードバックにもとづき、サンプルやカタログを展示できるよう、小さな展示場所を用意させていただいた。

サンプルを見たり、触りながら、、、テーブルの周りで会話が盛り上がっていた。

前回同様、集合写真をパチリと撮って、あっという間の2時間に幕を閉じた。

<関連ブログ>

第2回 JIBE 国際異業種交流会 開催決定!

名古屋発、JIBE(ジャパン・インターナショナル・ビジネス・エスクチェンジ)キックオフパーティ

数日前、ブログで案内を書いた、Apple Store 栄でおこなわれた、ポッドキャストのイベント、PCBC Summer Tour 2009 に参加した。

今回は、外国人のポッドキャスターとして、夫がゲストスピーカーで招待してもらっていることもあって、ワクワクした気分で、アップルストアーに到着。

英語のポッドキャスト番組、JapanTechTalk の日本語版のプレゼンも用意してあるし、主催者の足立さんが日本語で説明をしてくれるということで話は決まっているから、私の唯一のお仕事、「夫がプレゼンをする間だけ、後ろに立っていればいいをこなせばよいというだった。

「人前で話すのは、とっても苦手な私でも、”ただ立ってるだけ”なら問題ないや~って思って、お役を快く、お受けした。

そ・う・言・え・ば、、、

人前で上がってしまった最悪の思い出と言えば、自分の弟の 結婚式でのスピーチ時。結婚式の為に日本に一時帰国していたせいもあって、自分の日本語にすごぶる自信がなかった。自分の番が来て、みんなの前に立って話し始めた瞬間、緊張のあまり声がぶるぶる震え、自分がいっぱいいっぱいになった。その後、ほぼ呼吸困難に近い状態、、、という、悲し~い思い出、というより、どちらかというと情けない話である。

話はイベントに戻る。

足立さんのプレゼンは想像通り、彼の人柄にぴったりというか、明るく楽しいものだった。そして、デモが終わり、夫が紹介された。私はお約束通り、黒子のように夫の陰に隠れるつもりで、前に出ていった。

が、し・か・し、そこで

、、、、非常事態が起きた!

夫が英語でプレゼンをスタートしたとき、通訳をしてくれるはずの足立さんが、なんと、来客に対応中だったのである。

夫は、彼がすぐに通訳ができない状態だと察知し、いきなり後ろを振り向いて、私に通訳を頼んだ。

、、、なんでこうなるの?、、

頭が真っ白になる瞬間。

そんな私に対して、容赦なく人だかりは増えていく。

そして、私は、、、最後に、、、、、開き直った

いきなりマイクを握り、おもむろに通訳を始めた。

人だかりが増えていくにもかかわらず、

参加者の表情まで見る余裕さえあった。

なぜなのか、全く緊張しなかった。

頭の中では、ただ一言

任・務・執・行

それだけの文字しかなかった。

目の前にお客さんたちがいるのに、自分の感情をプライオリティーにはできないっ。

夫のプレゼンが終わるころ、足立さんがすぐ後ろに立ってくれていることに気が付き、切りのいいところでマイクのバトンタッチをした。

そして、ふと我にかえった。

こ・こ・は、、、Apple Store なんだってこと。私のような素人さんが、通訳をしててもよいのだろうか?と、、、

そんな事を考えている中、イベントは無事に終わった。

今思っても、これって、やっぱり

「火事場の力持ち」

なのかな?

ちなみに、PCBC Summer Tour 2009のツアーは、今後 11日に大阪の心斎橋、25日は東京の銀座でおこなわます。ぜひ、みなさん足を運んでみてください。楽しいですよ~!!!

<関連ブログ>

夏到来!Apple StoreでPCBC Summer Tour 2009 に参加しよう!

ツアー初日。あ〜楽しかった(笑)

PCBCサマーツアー2009 名古屋 栄 行ってきました

「はい、ロバートさんに50,000ポイント!

新旧文明

PCBC in Nagoya Sakae に関するレポートのリンク集

<関連Podcast 、ポッドキャストを楽しもう>

ECOポイントよりPCBCお友達ポイントを溜めるべし

手軽にポッドキャスト「AudioBoo」

PCBC6 を無事に終えた thin-p さん

Vol.041 行ってきましたPCBCサマーツアー2009

<PCBCのイベントをライブ録音したポッドキャスト>

ただ今、PCBC名古屋開催中

PCBC続き

『日系カナダ人のドキュメンタリーが見れるから行かない?』と妹から誘われた。

どうやってそんなニッチな情報を見つけたんだろう?と不思議に思いつつ、詳細はわからないまま待ち合わせ場所へ向かった。

待ち合わせの駅に着いたとき、名古屋外語大学で『日経カナダ人3世製作の映画、おばあちゃんのガーデン 上演と後援会』へ行くのだということを知った。

ドキュメンタリーのタイトルにはかすかな記憶があるような、、、ただ、それが日本でみたものだったのか、バンクーバーでみたものだったのかさえも思い出せない記憶。 記憶の糸をたどれないなまま、映画はスタートした。

映画の内容は簡単に言えば、”写真花嫁”としてカナダに渡り、第二次世界大戦をくぐりぬけ、故郷日本への熱い思いを抱いたまま104歳まで生きぬいたある日本女性の一生を描いたもの。

サマリーはこんな感じ。

1898年 主人公のおばあちゃんの誕生
1916年 橋本氏と恋愛結婚。女の子2人
1921年 長男が亡くなり、橋本氏の親が二人を離婚させる
1923年 それでも家族と一緒に東京で新しく暮らそうと下見にいった夫は関東大震災の為、怪我をして帰ってくる。その後、夫は「天皇さまのおそばでお仕えする」といったまま、女の子二人を連れて東京へ立つ。
1924年 義理の親が、離婚したおばあちゃんを息子から遠ざけるため、当時唯一女性が海外へ行ける方法、写真結婚を勝手に手配し、カナダへ船で渡る。結婚したが、夫は好きではなかったので、缶詰工場やいちご畑で働いて旅費をその旦那様に返し、離婚する。その後、同じ苗字、妻に先立たれた男性と結婚する。
1942年 カナダ政府に強制されて、日系人キャンプへ
1945年 アメリカの日系アメリカ人は、家に帰ることができた。
1949年 日系カナダ人はアメリカより4年も遅れて、カナダ市民権の略奪から解放される
その後、日本には何度も帰国するが、日本で骨を埋めたいという夢はかなわず、カナダはカルガリーで永眠。

ドキュメンタリーの中には、ファンタジーも含まれていて、現在と過去、夢と現実が交互する。

リンダさんによると、この映画は本来は、家族の為に作ろうと思って始めたプロジェクトだったそうが、おばあちゃんが100歳になった時に、家族に初めて日本に二人の娘がいると告白した。この事実を知った時から、ドキュメンタリーを作るアイデアが浮かんだらしい。当時、家族は『とうとう、おばあちゃん痴ほう症が始まってしまったのか、、、』と疑わず、最初は誰も彼女が本当のことを話しているなんて信じなかったようだ。

オハマ監督の祖母は、カナダに移民してから約70年過ぎても、あまり英語を話そうとしなかったらしい。それは、おそらく彼女が日本人としてのアイデンティティーを残したかったからなのだろうと彼女は思っている。

オハマ監督が、この映画を作る際に初めて、祖母の実家に着いたとき、その雰囲気というか、、、何か『懐かしい』ものを感じたという。初めてではなく、、、帰ってきたという感覚に近い。

この映画には、バンクーバーバー在住のVivian Nishiさんも製作スタッフとして参加していて(彼女のバンクーバーの自宅もアーティスト・テイストだった)、それにオハマ監督の妹と私のイコト、サリー・伊藤とは友人であることも、直接オハマ監督と話して分かった。

ちなみに、そこで分かったことだが、3年前のバンクーバーでの私の結婚式に妹は、私と夫がハネムーンに出かけている間に、家族でスティーブストンのおばあちゃんのガーデン博物館を見に行っていたらしい。なんて、偶然。

リンダさんとは、共通点が一杯ある。

彼女もバンクーバーから来ていること。

忙しい両親の代わりに、時々おばあちゃんに面倒を見てもらっていた、おばあちゃん子だったこと。

私は、彼女とは正反対に祖母の生まれた国、日本へやってきた人ではなく、

祖母の生まれた国、愛してやまなかったカナダへ飛び立った側なのである。

公演中は、彼女の熱っぽく語る英語を、通訳の方はすごく分かりやすい日本語に訳していた。素晴らしい!Great Job!

リンダ監督とは、今度、ゆっくり話がしたいねということで会話を終えた。

これも、やはり 『劇的な出会い』 なのである。

<参考記事>

Obaachan’s Garden

Asayo Murakami: The Last Picture Bride

6月19日(金)に、『名古屋発』の外国人起業家日本人起業家を対象にしたインターナショナルなイベント、JIBE(ジャイブ)のキックオフイベントが行われました。

JIBEのイベントは、今まで、いろいろなところで行われている、起業家の名刺交換会ではなく、英会話の練習の場でもなく、インターナショナルな友達を探す場所でもありません。

実際に、起業をされている方、または希望されている方を対象にしているので、参加希望者の方には、時間をかけてご自分のビジネスに関する質問にお答えていただいております。

それだけでなく、、、

その後、JIBE関係者の審査を通し、イベントの意向、基準、条件にマッチする方にのみ、『招待状が送られる』というシステムを取らせてもらっております。同時に、JIBEメンバーへのセールス活動、MLM、アフリエイトマーケティング目的での参加希望の方は、お断り。

そのように、本当に100%ビジネスにフォーカスを置いた今回のキックオフイベントへの参加者は、少し、こじんまりとしていますが、関係者、通訳の方を含めて約15人くらいの方に来ていただきました。

JIBEにはキューピットがいた?

名古屋で働くアメリカ人のエリートビジネスマン、ジュリアン・ベイショアさんの紹介で、5月27日、外国人起業家 PacificIT Japan のRobert  さん、日本人起業家、Office Takagi の高木さんが出会いました。

<JIBE代表者の出会い>
この時、お互い二人とも、生まれた国は違っても、『起業家を応援したい』という純粋な思いがあることに気がついたらしい。

JIBEの誕生
5月30日、Robert、彼の奥さん、高木さんと3人でいろいろと話をした結果、その日、大須のデニーズで、JIBEという名の会が生まれた。
JIBEのシステム、仕組み
その後、高木さんがJIBEの基礎となる、システムの基礎を作り上げてくれて、それをたたき台にして、日本人からみた参加しやすいイベントの必要条件、外国人から見た条件などを、何日もかけて、何時間もかけて話し合って、最終的な骨組みが構成された。

<で、その3人って?>
高木さんは、何もないところから頭でアイデアを構成し、システムを作り上げていくプロ、アナログのシステムプログラマー。同時に、伝えたい事を一目で分かるよう、一枚の絵で表現できる、という才能も持ち備えている。

ロバートさんは、ヨーロッパ、北米、アジアなど、いろんな国の人たちへの教育に携わっていたり、一流企業や起業家、政府の機関で働いていたこともあるので、視野がとても広い。違う文化を理解し、辛抱強くWin-Win(相互利益)の解決策を見出そうと常に心がけている人。

ロバートさんの妻は、日本生まれでありつつも、海外生活が長くいろいろな分野での経験を持つ。北米のビジネス以外にも、障害者のグループホームで働いたり、美容師の免許を所持していている。北欧、アフリカ、アジアなどのいろいろな国の人達と食住を共にしながら働いたこともあり、仕事や生活を通して国や文化、考え方の違いというバリアを乗り超えた経験を持つ。

そんな3人が集まって、スタートしたJIBE。

おそらく、普通に考えたら3か月くらいかかりそうなビジネスのロンチングイベントを、、、、なんと、約3週間でやってのけてしまった。

それだけでなく、そのイベントでは、なんと名古屋のビジネス交流会のシーンでは初めて?のデジタル名刺、POKENの名古屋のオフィシャルイベントでもあった。

イベント初回とあって、何から何まで手探り、手作り。

具体的な例で言うと、ケータリング一つを取ってみても、結構大変だった。名古屋のケータリングの常識はお弁当が多く、社交場のパーティではなく、ビジネス用に使えるオードブルを提供している会社はほとんど皆無に近い。

なにかとイベントの多い北米では、ケータリングは歩けば当たるというか、会社が多すぎて困るという問題とは正反対。

逆に言えば、これは大きなビジネスチャンスかも?名古屋でリーズナブルな値段でおしゃれなケータリングをしている会社はほとんどなく、ライバルが超少ない。日本は、出前、ケータリングと言えば、弁当なんだとビックリさせらる。

レストランに連れていく以外のオプションとして、出前のお弁当よりもボリューム並、見た目綺麗なサンドイッチとサラダとコーヒーをセットで出した方が、海外からのお客様はリラックスした雰囲気の中で、会話が進むと思う。

もっと、カフェなどが創作力でこの分野に進出して、名古屋のケータリングのイメージを一変してくれたら、とても頼もしい。

COSTCO (コストコと日本では呼ばれているが、英語ではコスコと発音しないと通じないので注意要!)が近くにあれば、ある意味ケータリングしなくてもよくなるのかも?

今回のイベントは、計画通りにはほど遠く、開始時間のぎりぎりまで、イベント会場の持ち主、JIBEを応援してくれているイベント会場のオーナーの曲尾氏をはじめ、いろいろな方にギリギリまでお手つだいをしていただき、キックオフがスタートした。

参加者は、勇気のある、JIBEのコンセプトを理解してくれた先駆者の方々。

通訳の方以外に、マーケッター、ビデオ製作、オンラインマガジン運営者、オンラインショップ経営者、金粉デコ、貿易関係、デザイナー、プログラマーさんなど。といろんな方が参加してくれていた。

帰り際に、最後まで残ってくれた参加者の一人が、今日ビジネスが一つ成立したと言っていた。

素晴らしいニュースにちょっと驚きつつ、JIBEのキックオフは、幕を閉じた。

何と言っても、数週間で、「無から有を生んだチーム力」は、そうは簡単にまねできるものではない。嬉しい事に、まだ、次回の正式な案内を出してもいないのにもかかわらず、次回のイベント参加希望者が、、、。

感謝!感謝!

次回のイベントでは、フィードバックを上手く活かして、初回よりも素晴らしいものにできれば嬉しい。
参加、ご希望の方は、info@jibe.bizまで。

<関連記事>

JIBE~名古屋発国際的起業家の集い発足!

Nagoya business entrepreneurs about to get into JIBE – with Poken!

JIBE — ジャパン・インターナショナル・ビジネス・エクスチェンジ

<JIBE コミュニティー情報>

JIBEのメンバーは紳士、淑女の集まり

ですので、どうぞ安心して、ご参加くださいまし。(笑)

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