日本の美しさ、伝統、歴史


今日の午後、夫とバンクーバー室内合唱団、Vancouver Chamber Choirの40周年記念のツアーコンサートに行ってきた。

コンサート会場は、キツラノのRyerson United Church

住宅街のなかに溶け込んでいる。厳かさを感じさせる、この教会は今年で創立100年になるという。歴史を感じさせる建物だ。

中に入ると、ステンドガラスの一枚、一枚にイエスキリストの生涯が描かれている。

最初の曲は、Youth Choirのコーラスから始まった。将来有望な若者たちの歌声を聞かせてももらった。

その後も、美しい歌声が奏でる音楽に聞き入った。

そして、私の頭に浮かんだイメージは、たった今、被災地で、この歌声が流れているものだった。説明はできないが、不思議な感覚だった。そんな思いと同時に、コンダクターのキャラクターが素晴らしかった!厳粛なタイプ?と思いきや、何世紀も前の音楽を、簡単に、なおかつ面白く説明してくれた。

そして、Intermission (休憩)のあと、コーラスのメンバーが長いす座席の右側、左側、舞台と3箇所に並び立ち、1曲、歌を歌った。会場が臨場感にあふれ、天国ってこんな感じなのかな?天使の歌声ってこんなのかもしれないと思った。

その後、突然、プログラムにはないが、コンダクターのJon Washburn氏が東北地方太平洋沖地震について、東京の姉妹合唱団のこと、そして、なによりも、彼の日本での個人的な体験を話してくれた。

それは、彼が電車で乗り継ぎをしようとしたときだった。案内をみてもよく分からず困っていたところ、一人の男性がグループから離れて、「May I help you …?」と声をかけたらしい。Jon氏は、「でも君の電車が行ってしまう、、、」と答えたら、その彼は「大丈夫。僕は次の電車に乗るから、、、」と言って、彼のことを助けてくれたらしい。それが、Jon氏の出会った日本人だった。
そして、その後、敬意を込めて、日本の代表的な歌、「赤とんぼ」を日本語で歌ってくれた。もちろん、彼は私の存在など知る由もなし、、、。彼らの日本への暖かい思いに、感謝の思いでいっぱいになり、涙があふれ出した。

後に、東北地方太平洋沖地震に向けてチャリティーコンサートの準備もしていると聞いた。

誰も知らないところでこうやって、日本の為に何かをしている人たちがいる!!!

チケットを譲ってくれた早苗さん&Vancouver Chamber Choirの皆様に心から感謝しつつ、、、

◆ ボランティアに興味がある人は、604-738-6822、もしくは、 info@vancouverchamberchoir.com まで直接連絡をどうぞ!

◆「YOUTH TICKET PROGRAM
YOUTH、またはSTUDENTは、シーズンコンサートの会場へ、1時間前に行き、rush tickets というのを$10ドルで購入できるとパンフレットに書かれていた。26歳以下だと普通のID、26歳以上の学生(年齢制限なし)はStudent IDを提示する必要がある。詳細は、問い合わせて確認要。

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11月、4日と5日に、遠縁の親戚、と言っても血はつながっていないが、、、

草津の親戚を訪ねた。前回は電車で行ったのだが、今回は高速を使った。

この親戚の家に行くと、いつ訪ねてもウェルカムと言うか、、、暖かくて、

人を受け入れる雰囲気があり、来客が自然にふるまえて、

いつもおいしい料理を作ってくれて、なによりも、一番楽しみなのは、

会話が楽しいということ。私も夫もこの夫婦が大好きなのである。

聖書の話や、キリストの話、旦那さんが今取り組んでいる、

信楽の陶器アーティストを海外に紹介するプロジェクト、

彼の、カナダでの切り絵の展覧会など、、、

そして、同時に、かなりの北欧びいきでもある。

今もドイツ風のカフェのインテリアのプロジェクトに携わっていると言っていた。

何度も北欧に旅しており、イタリアも大好き。

夫がいると、いつも自然と、イタリアの話に花が咲く。。。

今回は、また特別に、エドモントンのイタリア専門店で買ってきたという

極上のチーズを出してくれた。

ほどよいマイルドさ、ワインのほのかな香り、

絶妙なコンビネーションで、深くて、まろやかでほんとにおいしかった。


翌朝、大津市の三井寺に連れて行ってもらった。

一般的には、京都の紅葉が有名だが、

こちらは京都の裏側で

京都が都なる前の少しの期間だけ、

大津が都だったとこがあったとのこと。

観光客でごちゃごちゃの京都より、

隠れた秘境と言うか、、

三井寺は、知る人ぞ知るの、観光ホットスポットだということ。

特に、桜と紅葉の時期は、あたりが赤に染まるという。その期間だけ、夜もスポットライトがあるらしい、、。

この写真を見ながら、目を閉じてみた。

残念ながら、今年は暖かかったので紅葉まで、あと20日らしい、、

日本の美、わびさび、いとおしむ心、静けさ、、、、

『四季』の美しさは、、、人の心に響く。

先日、NEFで出会った友達から、私達が帰国するということで、その前に、

彼女のお気に入りの『名古屋スポット』に連れて行きたい!と申し出てくれた。

そして、半日の名古屋市内観光、ツアーガイドをしてくれた。

まずは、浅間町で待ち合わせ。

最初に向かったのが、愛知県では名の知れている

老舗のリサイクルストアー、キンブル。

キンブルの本社は愛知県。ただ、なんでこんな社名をつけたのかが気になったので、少し調べてみた。

その結果、このサイトのコメントによると、、、

『アメリカに「ギンブル」って店があったから、銀より上をいく金ってキンブルって名前にしたって言う、有名なディスカウント店ですね。』 と書かれていた。

社名って面白い!

その後、まっすぐ進んで『製菓の問屋街』へ、、、。チロルチョコのオリジナルの味を探してみたが、

他の味のものしか見つからず、残念。

そのまま、円頓寺商店街へ。昔懐かしいの面影を残す、歴史ある商店街だとのこと。

そこで、あの100円で有名なお好み焼きのお店、

『お好み焼き甘太郎』へ。

ホカホカをあっという間に食べてしまった。

もう一つくらいは楽にイケたと思う。

そのまま、奥に向かって歩いていくと、

私は、名古屋で一番?おいしいと言いたい!

た・ま・せ・ん を初めて食べた。

名古屋では、昔は駄菓子屋さんに行けば、いつでも買えたらしい、子供のお菓子。

いや、大人が食べてもおいしい!

名古屋の人は海老せんべいをこんな風にアレンジして、ずっと食べていたのか?

ああ、感動。

おいしすぎっ。

レセピもウェブで探せば、簡単にでてきた。

その後、大須のサノヤに負けじと?

名古屋で一番安い?だかや 250円弁当の店へ。

なんとこの店の前の自販、お茶を買うと100円でおつりが帰ってくる。

この時点で、もうお弁当を食べる胃のスペースがなくなってきていた。

夫とランチで合流できそうだったので、弁当をもって、ノリタケの森まで歩いた。

夫にもたませんを食べさせてあげたくて、買ったのはいいけど、

手渡した時には、冷たくなって、噛みにくくなっていた。

これだけはすぐに食べないといけない。

可愛そうな夫、、、

たませんの本当の美味しさを知らないまま、、、

次回の機会まで、我慢してもらうしかない、、。

空は秋晴れで気持ちイイ、ちょうどいい気温。

このベンチでランチを食べた。

食後は、噴水の前で、秋風に吹かれながら

まったりとして午後を過ごす。

都会の中のオアシスというか、、、

心が休まる場所であることには違いない、、、。

その後、ショールームセラボで、ノリタケの100年の歴史とテクノロジーについて学んだ。

このショールーム、とても良くできていて、楽しく学べるミュージアムに造られていた。

見るだけではなく、触りながら学ぶのは記憶に残りやすい。

お天気も良かったし、引っ越しで忙しさが増していく中で、ゆっくりとしたいい一日が過ごせた。

<参考ブログ>
円頓寺 本町商店街

地元、三重県の亀山市というところに、『関』という名前の宿場町の跡地があります。


そんな近い所に、実はすごく歴史的に意味をもつ観光地があるんです。

ただ、あまり大々的にはPRしていないような気がしますが、、、

7世紀頃に、その場所が古代日本三関の一つ「鈴鹿の関」となり、それが地名の由来となって、『関』と呼ばれるようになったそうです。

古くから交通の要衝であったようで、徳川幕府が宿駅の制度を定めて以来、東海道五十三次第47番目、屈指の宿場として参勤交代の大名行列や伊勢詣りの旅人で大いに賑わっていた場所。

関宿は、昔の人たちが東海道の往時したという面影を唯一残す、歴史的町並みとして、1984年、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。

「日本の道百選」に選ばれて以来、歴史的景観の保存に力を入れた町づくりが行われているようです。

同じ三重県でも、伊勢のおかげ横丁は新しく江戸時代のテーマをもとに人工的に作られた街の風景に対し、この関宿は、当時の風景をそのままで残しています。

同時に、昭和初期のアンティークが店頭に飾られていたりして、、、。

懐かしいというか、、、

確かに タ・イ・ム・ス・リ・ッ・プ した感じがしました。

その関宿で、今週末11月1日(日)に

『東海道 関宿 街道まつり』

というイベントで

仮装コンテストや時代行列が行われるそうです。

興味がある方は是非どうぞ!

2年ごとに開催される、実家の町内お盆祭りに参加した。

2年前は、20年ぶりに実家のお盆のお祭に参加したのに、浴衣をきる時間がなくて、悔しい思いをいしたので、今年は何が何でも浴衣を着たくて頑張ってみた。

どれくらいの人が集まっていたのだろう。おそらく、100人くらいだったと思う。

お盆に浴衣を見るのは自体は、別に珍しくもないし、むしろ当たり前というか、、、

だが、今回はちょっと違った。主催者の一人に言われて初めて気がついたけれど、なんと、そのイベントで浴衣を着てきたのは、”私ひとりだけ”だったのである。

それも、この外国籍の私が、、、。

こんな田舎にまでジワジワと、『日本の伝統』が失われつつある現実を、みた気がした。

確かに『浴衣なんていつでも着れる』と言えば、そうには違いない。

だけど、せっかく日本にしかない、美しい四季、夏という『季節を楽しむ』という習慣を、積極的に楽しみたいと思った。

日本にずっと住んでいると、毎年やってくる『当り前でどうでもいい』事のように思えることが、

外国人の目から見ると、『日本にしかない、とても素晴らしいこと』に見えることを、

日本人の皆さんは、ほんとに知っているのだろうか?

PS。隣にいるのが、小学校の時の親友だった女性。当時の彼女は前から1、2番目とても小さくて、細くて、かよわいイメージだった。母となった彼女はとてもたくましく見えた。

<写真について>

それに、この写真は夫が取ったもの。『怒るとこんな風に見える』と言われた。こんな写真を撮った夫に、怒りを覚えつつも、(本人は偶然だというが) これじゃあ、まるで『ゴジラが火を吹いている』みたいにしか見えなくて、自分でも笑えた。

悔しいけどナイスショット。(笑)

『モノ作り』と言えば、愛知県?かと思いましたが、ぜんぜん違いました。

分野的にも、男性の世界というイメージが強いですが、そうではなく、女性の感性で、それも大学の在学中に考えたビジネスモデルを使って、起業した女性たちの記事だったので、いい意味でビックリ。 (※インタービューの記事だったので、最初と最後の文章だけ、適当に抜粋させていただきました。)

かつては世界において高い評価を得ていた日本の「モノづくり」のあり方が、今あらためて問われています。

<大学の先生と生徒による、ゼロからのタート、2ヶ月間での起業>

起業のきっかけは、大学4年生の時、学校のゼミで自らのビジネスアイディアを発表。その後半年間ビジネスプランを構築し、最終プレゼンの時に「これ、いけるよ!誰かやらないの?」と先生に言われたことをきっかけに。

インターネットを活用して『ユーザー主導で製品開発を行う、ビジネスプラン』。で、現在のアゲハのビジネスモデルの前身。アパレルなどの身に着 けるモノを作るビジネスにおいて、ユーザーとメーカーが一緒に商品企画が出来る「仕組み」を作ることで、日本の消費者の感性とメーカーの技術力を活かした モノづくり基盤を確立したい、また「大学から世の中に対して具体的な価値を提供したい」という思いからスタート。

<今後、目指したいことは?>

モノ作りの仕組みを変えたいです。

★モノはたくさんありますが、作り手が離れていることで本当に使い手が望むものが作れなくなっているのではないかなと。
★中国などの海外へ生産拠点が 移っていて、日本のせっかく高い技術力を持ったモノ作りの現場の人達の後継者がどんどん少なくなっている。
★高い技術+感性+世界でも秀でている消費者 それを上手く繋げてモノ作りができるような仕組みを作りたい、、、

やる気満々の女子大生!消費者の目線で()ユーザーに耳を傾けながら)+女性ならではの感性+メーカーの技術力。

う~ん。 鬼に金棒? これからも、ドンドン成長していそうな株式会社、アゲハ。

<参考記事>

女性起業家が日本のビジネスを変える

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ニッチなマーケットを狙った面白いアイデアを紹介。

現在、「日本酒・焼酎」の販売サイトは存在しても、「空き瓶」の専門販売サイト

というコンセプトはない。

国内外のコレクターや海外の日本愛好家をターゲットとした、空き瓶販売の

オンラインサイトが開設されたよう。

今後は、販売と同時に空き瓶の募集も実施してく予定とのこと。

つづきはこちらから、、、、

これも、クールジャパン に該当する?

※「COOL JAPAN」とは?世界中で飛び交っているキーワードで、 ファッションやアニメ、建築、料理など、私たちが当たり前と思ってきた日本の様々な文化が外国の人たちには格好いいモノとして受け入れられ、流行している言葉。

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