1月3日、遠い親戚が住む、南草津に遊びに行った。

実家からだと、車で行く方が断然、料金的にも時間的にも安い。ただ、それだと日本の風景が楽しめない。

実際、JR関西線の亀山駅から加茂行きの電車に乗ると、ワンマンの2両幅の電車というだけではなく、シートも縦長。亀山をでると、山の中にどんどん入っていく。いつ動物が飛び出してきてもおかしくないような所をどんどん走っていく。その、日本独特っていうか、のどかな田舎の風景にいつみても感動する。

加茂行きの電車を、柘植駅で、草津戦に乗り換える。柘植駅の後は、田園風景が続く。

血のつながった親戚ではないが、親族と言えばそうなる。小さい頃から親戚づきあいをしていることもあるし。約2年ぶりだった。

叔母は若い頃から英語が話せて、いつも笑顔が素敵でとても美人なのに、性格はすごくさっぱりとしていて、昔から大好きだった。叔父の方はインテリア関係のプロなので、美しいものにこだわりを持っている。ヨーロッパが気に入っており、イタリアには何度も行ったらしい。 その感じが、オシャレなことにすごくこだわる夫と、よく似ている。

ディナーの後も、話は終わらなかった。深夜に近づいたころ、叔父のお気に入りのオペラ歌手の歌を聞いた。シーンと静まっている空間に、す~っと伸る歌声を聴くと、日常の生活から遠くかけ離れたところに連れていかれる感じがした。

そして、ワインではなく、梅酒でその日を終えた。(笑)

翌日、叔母が車で 『京都』 に連れて行ってくれた。

金閣寺にまず最初に連れて行ってくれた。夫は行きたがっていたので大満足。私も、金閣寺を見るのはウン十年久し振り?だった。やはり大人になってからみるのでは、何かが違う。美しい建造物は確かにきれいだ。ただ、その時私の心は、他の物に惹かれていた。それは、周りにいる着物姿の人たちだった。特に、和服姿の男女を見ると目が釘付けになってしまった。

「なんて粋なんだろう。」

寂のある庭の景色の中で、和服姿のかもしだす気品が、よりいっそう周りの雰囲気を上品にさせていた。外のお座敷で、抹茶と和菓子をいただいた。 抹茶を飲む時に、『着物が着たい!』 気持がピークに達していた。

今度、京都に来る時は和服で着たい。

そのあと、土産ものとかを売っている「寺町通り」というところに連れて行ってもらった。

夕方、叔父の事務所に向かった。京都駅のまん前のビルにある抜群のロケーションだった。事務所の中には、昔そのビルが旅館であり、まだJRが開通してなかった頃の白黒の写真が飾ってあった。叔父の家族は京都の名家の出身だということを、その時知った。歴史に興味があり、深い知識をもっている彼は、京都の人のこだわり、生き方をうまく説明してくれた。

京の人。それはやはり、平安時代から京都が 『都』 だったからだろうか? 受け継がれる価値観みたいなものが今でもそこにあるのが分かった。京都の人は、「京都に生まれた」ということにプライドを持って生きているようだ。

分かりやすい例を使えば、貴族の生まれだったとしたら、お金がなくてもいい着物をきて、食べ物はお茶づけで我慢して生きるというような生き方を選んできたような、、、。

京都のある一角には、専門店ばかり立ち並んでいるところがある。他の土地では、すでにスーパーなど、大型店の進出に押され個人経営の店がどんどんつぶれていっているこのご時世でも、京都では、老舗の専門店がしっかり暖簾を守って商売をしている。

それは、どうやら京都の人の気質に支えられているらしい。京都の人は、京都という町の文化をとても大切にしており、その価値を理解している。だからこそ、値段は高くても、それでも老舗の専門店のサービスを受けるということに意味をなし、その心が専門店を支え続けているらしい。

都会には、洒落た建築物など、日本各地、いろんな場所にあると思う。でも、見た目だけではなく、街に根づく、受け継がれた 『文化』 は感じられない。

京都という町を、京都の人たちが、どこにも負けない「文化人」として、気品をもち、ずっと守ってきたものを、素晴らしい伝統をこれからも、大切にし続けててほしいと、切に願う。