1月2日の早朝から、日本では百貨店の初売りで”福袋”を買う人たちがいた。、、、、前日からラインアップしている人たちへのインタビューと実際の開店当時、すざましく駆け込んで行く人たちをテレビで見て、福袋の対しての”熱狂さ”を目のあたりにした。

英語では”Lucky grab bag”というらしい?が、しかしよく考えてみれば、これはカナダのboxing Day、アメリカのBlack Friday?と匹敵するような現象かもしれない。ただし、北米の場合、行列するのは自分の買いたいものを買うためにであるが、、、。

”ブランド物”の商品が福袋の値段よりもずっと価値のある製品達がパッケージされている。 今日も大須の電化製品街?に行ったら10万とか15万円の福袋が売っていた。それらは、普通に店頭に置かれていた。

日本に住んでいた頃は、福袋の存在はあたりまえだとと思っていたが、今となっては買いたいという気持ちが全く起こらないし、福袋の存在さえも不思議に思えたりする。

ちょっとしたギャンブル感も同時に楽しめるからであろうか?私は、カナダに渡加してからというもの、人生自体がギャンブルというか、5年、10年ごとに遊牧民のように住む場所を替えて、現地での友達も0人からスタートするという生活をここ20年くらいずっと続けているので、自分で買えるものくらい”中身の分かっている”ものがいい。

毎年、本当に今年はどんな年になるんだろう?って思う。最近では、2年前の結婚後から遊牧民風スタイルの生活というか、、、。昨年は日本に帰国し定住のビザを取得。今年もまた、年初からどんなドラマが始まるのか全く想像さえもつかない。去年、どこからともなくblognationがやって来たように、もしかしたら今年は名古屋を離れることになるかもしれない。ただ、毎年これに対応するには、かなりのエネルギーが必要となる。

自分で選んだとはいえ、福袋のように毎年、毎年、中を空けてみるまで、一体そこに何が隠されているか分からない人生。言い換えれば、見えない宝物?を手にした”ドキドキ、ワクワク、冷や汗?”一杯の、一見ギャンブルに見える人生を’確実’に歩んできたことになる。確かに、人生はギャンブルとよく言ったものである。真面目に一生懸命働いている自営業の両親から、なぜ私のような子供が生まれてきたのかは、さっぱり不可解である。

遊牧民の生活はもう十分味わった。そろそろ本格的に永住の地を見つけたいところである。

追加

asahi.com ”変わる福袋商戦”の記事によると、最近は、長蛇の列とは無縁の「予約制」や「中身が見える」は今や当たり前。なかにはあらかじめ試着で衣類のサイズを合わしてもらい、帰省に間に合うように、と年末に引き渡す店まで現れている。とのこと。