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j0404924見た目も日本人、日本語が母国語の私ですが、長期の北米生活の中で、『郷に入れば、郷に従え』というか、、、時間と共に自然と価値観や視野変わってしまっていました。いわゆる「日本の常識というものが、常識ではなく思えることも多々あり、そんな私の態度や考え方をみて、 (日本人としての)常識がないと思うのか、そういう考え方もあるのかと、視野が違う人」と見るのかは、相手の人生経験の豊かさによると思っています。日本にしろ、海外にしろ、一つの国にずっと住んでいる人に向かって、海外で暮らした人のことを理解しろ!と望む自体が無理なことなのであって、一生そんな事を知ることもなく、知る必要もなく生きていく人もいます。それは、その人に与えられた人生であり、誰が上でも下でもないと思います。だからこそ、私は、自分らしく、これからの人生も、まっすぐに歩んでいこうと思っています。

この約20年のあいだ、いろんな分野で、いろんな国籍を持つ人たちと共に働き、

いろんな事を学ぶ機会を与えられました。

その一つ一つの経験が、今の私を形作っているのだと思います。

出会った一人一人の人に感謝しつつ、、、


remaxballoon<仕事、ビジネスへ価値観>

私は、履歴書という紙の上で、人事担当の方を印象付けれるような”素晴らしい学歴や職歴”を持っているわけではありません。渡河して17年。人間で言えば、赤ちゃんが高校になっているように、時の流れが長いのです。その間に学んだことや、かけがえのない体験は、履歴書という紙の上だけでは、表現しきれません。

Merit Kitchensお金では買えないものをいっぱい得ることができました。

だから、この先、行ったこともない国で、言葉や生活様式をいちから始めることになったとしても、きっと、現地になんとか溶け込んでやっていけると思います。

知らないことを一から学ぶのは大変なことです。でも、いつもそんなケースがばかりだったような気がします。上司から、自分の分野とはかけ離れた新しいプロジェクトを任されたりしました時は、手探りで、リサーチから初めて独学で勉強しながら、試行錯誤を重ね、それを作り上げるごとに、前回よりも良いものを作れるよう、常に努力をしてきたつもりです。

ちなみに、カナダで働いたことのある業界は、不動産インテリア、リテール、美容ヘルスケアなどで、職種で言えば、広報、マーケティング、セールス、経理、秘書、翻訳、通訳、カスタマーサービス、販売員、障害者の介護、美容師などにあたります。

alterna1職務経歴以外にも、バンクーバーでは、起業家として小さなビジネスをしていました。扱っていた商品は、日本では未発売のアメリカ製のブランドヘアケア商品を、ローカルのサプライヤーを通して日本に輸出しておりました。もちろん、弁護士に頼んで起業の手続きを済ませたのではなく、複雑な手続きも全て自分で調べ、そのビジネスの全般を一人で運営、管理しておりました。

<カナダと私の関係>

j0362634私は日本で生まれ日本で育ちましたが、今はカナダに国籍をおいています。父も祖母もカナダ生まれなので、日系カナダ人1.5世?となるのでしょうか?

ちなにみ、カナダの公用語、フランス語はなんとかメニューが読めるくらいで、専門学校の2年間のフランス語の勉強は苦手です。英語は、仕事を通して体で覚えました。(笑)。仕事をするにも生活をしていくにも全てが英文なので、分からないなんて言える余裕はなく、、、、ちなみに、幸か不幸か、家での会話はほとんど英語だけです。もちろん、これは、夫の日本語が上達すれば、変わってくるのだと思いますが、日本に来て3年目、未だに上達の兆しが見えていませんが、、、。


<我が家族の背景、歴史>

THE GLOBE AND MAIL19世紀の末、海を越えて単身でカナダに渡った曾祖父は大冒険者。ゴールドラッシュの一括千金を求めて、または別の噂によると、日本でのギャンブルの借金の為、逃走した?とも伝えられているが、真相は確かではありません。

「フロンティア―精神たっぷり」の曾祖父と日本からの「呼び寄せ花嫁」曾祖母の間に、女の子が生まれ(祖母)が、我が家の日系カナダ人のルーツの始まり。世代が変わり、私の父James(英語名)もバンクーバー郊外で生まれる。父は第二次世界大戦後、家族と共に日本へ。

そんな環境で育った私の好物は、オートミールとレモンパイ。

18歳の夏、カナダ旅行をきっかけに将来のカナダ行きを決意。その後、英語の専門学校と5年間の社会人経験を経て、バブル時代にワーホリで渡加し、叔父のいるエドモントンで5年、バンクーバーで12年間暮らす。

1994年にカナダの市民権を取得。

<私と日本>

2006年に結婚し、翌年に約20年ぶりに浦島太郎の状態で日本での生活を始めました。今は、夫のITコンサルタントの秘書兼経理、その他、執筆や翻訳をしたり、イベント運営などに携わっています。

PS. 長文だったにもかかわらず、最後まで読んでくださり、どうもありがとうございました。

ご意見、コメントがあればどうぞお気軽に、、、

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